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「何を目的に生きていったらいいのか判らない」と思っている人へ

カウンセラーの知人の著作『人生を楽に生きるための本』〈たま出版/1995年発行〉から、
抜粋して転載した。 
なにかの参考にしてもらえればと思う。

(読みやすさを考慮して、適宜、改行、行アキなどを施した。)
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 「何を目的に生きていったらいいのか判らない」と悩んでいる人が少なくありません。

 「生きていてもつまらない。目標がない。自分が何を求めているのか判らない」

 そのように考えているとき、あなたは「体感・思考・感情・行動」を一致させていないことに気づいていますか。

 例えばそんなあなたは、部屋で寝転んでいるときも「何をしていいか判らない。目標が判らない」と不安に駆られたり焦りながら考えつづけます。
部屋で休息をとっているとき、「何かをしなければならないのは判っているけれども、何をしていいか判らない。どうやって自分の目標を見つけたらいいか判らない。自分が何をしたいのか判らない」
と焦りながら、横になっているのです。

 あなたは心の中で焦りを感じています。無気力になりそうな自分を叱咤激励しているかも知れません。
でも、あなたの実際の行動は、「部屋で寝転んでいる」のです。
寝転びながら、「何か行動しなければいけない。自分の生きがいを探し当てたい。でも、何をどうしたらいいか判らない」と考えつつ、寝転んでいるのです。
 
 「何かしなければいけない」と考え、焦る気持ちを募らせながらも、実際の行動は、寝転んで何もしていません。
 これが、「体感・思考・感情・行動」とが一致した状態といえるでしょうか。心と身体が一致した状態でしょうか。
 焦るのは理解できます。
 しかし、焦るのは、実際には、自分の考えていることと、行動していることが矛盾しているからです。

 ではこの場合、心と身体を「一致させる」とはどういう状態を指すでしょうか。

 それは、単純に「寝転んでいるときは、寝転んでいる状態を満喫する」ということです。身体が休息しているときは、心も休息させることです。

 思考と行動を一致させないでいると、例えば自分がやりたいことの一つとして実際に行動を起こしているときも、
「こういうことをしていていいのだろうか。こんな悠長なことをしていて、自分の目的を見つけることができるのだろうか」などと、実際の行動とは違ったことを考えてしまいます。

思考と行動が分離しているので、あなたは行動を起こしていながらも、心は別のところに置いて悩みつづけるのです。

 このように「体感・思考・感情・行動」が一致していないと、あなたの行動が、もしかしたらあなたの目標を探すステップとなるはずのときでも、それと気づかずにやり過ごしてしまうでしょう。
実際の行動は、あなたがやりたいことに向かうプロセスの一つであるにもかかわらず、頭の中は「俺は一体何をやろうとしているのだろうか」と別のことを考えたりして、心がそれを熱心にやっていないために、気づかずに過ぎてしまいます。

   心と身体を一致させて生きれば、あなたの本質が見えてくる

 あなたが実践しなければならないことは、心と身体を一致させることです。
 それには、あなたが今とっている行動を、受け入れることです。
「何か行動を起こさなければならない」と焦るとしたら、それを捨てることです。
寝転んでいたら、寝転んでいることの楽しさを味わうことです。

 人生の過程で、あなたの生き方が回り道になってしまうことはあるかも知れません。仮にそうであっても、あなたのやっていることに無駄なものは何ひとつありません。
 方向性を失って回り道をすることはあるかも知れませんが、回り道をした人生のすべてを無駄ということはできません。
無為に生きてきたことを振り返って「何と無駄な人生を送ってきたのだろうか」と自責の念にかられることがあったとしても、そのときのあなたにとっては、無駄と思える人生が必要だったのです。
 でも、できることなら遠回りをしない方法を学ぶことはできます。

 心と身体を一致させるのも、そのための一つです。

 「体感・思考・感情・行動」を一致させるとは、簡単にいえば、「今やっていることを、懸命にやる。何かをやっているときは、その行動に没頭する。瞬間瞬間を一生懸命やる」ということです。

 先のことを考える必要はありません。未来を生むのは、今のあなたの行動なのですから、今、あなたは生きる目標を見失って迷っていても、あなたがその時々で没頭していけば、あなたのやりたいこと、人生の目標、あなたのテーマは必ず見えてきます。

 あなたは、自分の人生の全体像を見ることができないから、今、自分が何をやっているのか判らずに焦るのでしょうが、神とつながるあなたの本質は、あなたのやっていることが見えています。全体像は見えているのです。

 でも、あなたは「体感・思考・感情・行動」を一致させていないために混乱し、あなたの本質とつながれないでいます。

 本当にやりたいこと、生きがいをあなたが心から望むなら、いまやっているに没頭することです。どんなにつまらないと思えるものにもヒントは潜んでいます。そうやっていくうちに、あなたがこれまで体験したこと、学んできたことが統合されて、知らずのうちに自分の目標に到達するでしょう。

 迷うことはありません。やりたいことや目標が見つからないと焦ることはありません。自分の本質を信頼して、今、あなたの気持ちが満たされるもの、落ち着くもの、楽しめるものをやってください。

 それらをやっているうちに、あなたの目指すべきものが見つかります。そして、これまでやって来たこと、経験したことのすべてが統合されて、あなたが本当にやりたいことに活かすことができるようになるでしょう。
 色々な職業を転々として来て、その経験が、作家として実を結ぶように。

 ついでに言い添えますと、「生きている目的がなくて虚しい」と考えてしまう人は、生きる楽しさを知ることが、今生のテーマの一つであるのは間違いありません。

   あなたの望む未来が、未来のほうからやってくる

 その時々に没頭するということを、もう少し考えて見ましょう。
 何も、大胆なことに挑戦せよと言っているわけではありません。日常の些細と思えることに、あなたの息吹を注ぎ込んでいけばいいのです。
やっているときに、思考と行動を分離させないようにして、それを積み重ねていけば、未来をことを思い患うことはありません。 
 あなたがそうし続けていれば、あなたの望む未来は、未来のほうから、あなたに近づいてきます。

 例えば朝起きてから寝るまで、普段は当たり前のこととして見過ごしていることでも、感謝できることがたくさんあるはずです。
 朝の光が部屋に差し込んできたときは、その光を体感してください。トイレに行ったときは、放尿の快感を味わってください。食事のときは、料理の味や匂いや盛り付けに五感を注いでください。

心と身体を一致させれば、そんな日常のなんでもないと思える中にも、新鮮や変化があると気づくでしょう。ボタンの掛け違えのように、心と身体が一致していなければ、永遠にそんな新鮮さや変化と出合うわけがありません。

 あなたが、毎日のこういった何でもない(と見過ごしていた)ことの中から、プラスの感覚や感情を積極的に拾い集めはじめると、あなたの運命が好転しはじめます。
 あなたの心がプラスで彩られていくと、宇宙の法則のリズムに乗っている感覚を味わうことができます。
あなたが自分に対してプラスを拾っていけば、他者に対しても同じ見方をするようになります。

 そうやっていくと、これまであなたがマイナスだと考えていたことも、実はプラスだったりすることに気づくでしょう。
 あなたの考え方ひとつで見え方が変わるし、変わることで運命も変わるのです。

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 真理はいたってシンプルです。

 あまりにもシンプルであるために、人は、刺激や求めて、自作自演のドラマをドラマティックに波乱万丈に仕立てあげようとしているかのようです。
 あなた自身が、自作自演のドラマでどういう脚本を書いて、どういう役割を演じているかを、あなた自身が自覚しているのなら問題ないでしょう。

 でも、この世で自分が創り出したドラマにあまりにものめり込みすぎて、自分が誰であるか分からなくなってしもうほどに溺れているとしたら、ちょっと立ち止まって考えていただきたいと思います。
 自分が創ったドラマであるなら、あなたはそれをいつでも書き換えることができます。

 今生での人生を演じている主役のあなたは、本当のあなた自身ではありません。にもかかわらず、今生での自分を、自分のすべてだと錯覚したときに執着が生じます。

 あなたは自分の人生の脚本と役割を設定して生まれてきています。
この人生を生きているあなたとは、あくまでも役割を演じている役者としてのあなたです。
 
 あなた自身が自分のドラマを創造しているのだということを、いつも自覚していて欲しいと思います。
 あなたは決して小さな存在ではありません。

 「わたしは一体だれなのか」と自問しつづけてください。

 あなたが変われば、あなた自身がこの世で生きやすくなるばかりではなく、 あなたの生き方が周囲に影響を与えます。
 あなたの"意識"が社会を変えます。世の中の不思議も奇蹟も、当たり前のこととして見えてきます。

 あなた自身が、輝いた存在になっていただきたいと思います。
 あなたの人生は、あなたが創り出したものです。あなたが自作自演する、あなた自身のドラマです。
 あなたは、あなた自身が神であることを実感するために生まれてきています。
 
 一つひとつ丁寧に、瞬間瞬間に生きることができるとき、これまで何の意志も感じられなかったあなたの周囲の被創造物が、実は意志をもって存在しているのを、感じとれるでしょう。


*********

以上。




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