<< 愛してるのサインmain神奈川の地鳴り >>

東日本(三陸)→熊本→小田原と数百年前と同様に今回も連鎖するか?

お久しぶりです。
「ろくでなし通信」4/26の記事「三陸地震から熊本地震、中四国地震、そして小田原壊滅へ〜磯田道史の慧眼」からの転載。参考にしてもらえればと思う。備えるに越したことはないのだから。
以下転載。
******

  歴史学者の磯田道史氏(国際日本文化研究センター准教授)は、歴史学者の立場から地震について発言している。毎日新聞「風知草」の山田孝男記者によると、磯田氏が古文書から読み取った過去の大地震の概要は、以下のようになる。
「1611年、東北で津波を伴う海溝型の慶長三陸沖地震が発生。19年に熊本と大分で、25年には熊本、愛媛、香川、広島で、いずれも断層のずれによる大地震が頻発。33年、小田原で直下型大地震が起き、関東に被害が広がった。ちなみに、25年の熊本地震に関し、長期間、強い余震が続いたことをうかがわせる記録が、熊本藩の古文書に残っている。(略)今回も、『東北→熊本・大分→四国・中国→関東』なのか」

 磯田氏は、有能な歴史家として各藩に残った古文書を読み解くことから、5年前に起きた東日本大震災と熊本地震、大分地震との関連を指摘している。ここには地震学者にはできない飛躍がある。三陸沖地震がどのようなメカニズムで地理的に遠く離れた熊本と大分の活断層を活性化させたかは不明だからだ。だが、歴史から学ぶべきだと磯田氏は主張している。


 磯田氏の主張は「アエラ」(16年・癸横姐罅砲望椶靴載っている。
「熊本では、記録に残る最も古いものとして、744年、天平時代にも大地震が起きたことがわかっています。今回の地震を起こした布田川と日奈久の二つの断層帯は数百年単位で激しく動いているのです」
 今回の熊本地震の同時多発型について、気象庁の公式見解は「前例がない」とされているが、磯田氏は過去にも同じ例が記録されていると指摘している。磯田氏は、熊本藩に残る古文書と豊後(大分県)に残る古文書を照らし合わせている。
「つまり、熊本が揺れ、その6時間後には、大分竹田の断層も、城を壊すほど激しく動いたのです。今回同様、熊本の地震が大分にまで広がっていた可能性が高いのです。東北で震災が起き、その数年後に熊本で都市そのものが壊滅するような地震が起き、その地震が大分にまで広がった。つまり、今回と非常に似通った地震活動が400年前に起きていたとみるのが自然です」


 磯田氏はさらに詳しく調べた。
「熊本と大分の地震から6年後の1625年に広島・愛媛・熊本・香川で地震が連発します。広島は、八代、熊本、竹田を通る断層群の延長線上にあるので、私はこの地震に注目しています。(略)つまり『400年前の東日本大震災』のあとには、国内最大級の活断層である『中央構造線断層帯』の西端の熊本・八代でまず地震が起き、大分・広島・愛媛・香川へと西日本の中央構造線を東に向かって、次々と地震が連発した形跡があるのです」

 

  関東地方への警鐘も鳴らしている。
「1625年の熊本の地震から8年後、関東地方でも大きな地震が起きています。この時、小田原は壊滅状態になりました。(略)【古文書を】要約すると『地震が武蔵・相模・伊豆を襲い騒然となった。江戸城の天守は東西になびき、転ぼうとしてまた起き、再三、再四、何度もなびいたが、ついに倒れず、将軍は“つわものの天守よ”といった』
 熊本で起きた大地震から8年後、小田原の街は壊滅したと、古文書は語っている。

 

▲top|-|-

スポンサーサイト

▲top|-|-
<< | May 2017 | >>
Su Mo Tu We Th Fr Sa
 010203040506
07080910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
       

New Entries

Selected Entries

Categories

Archives

    

Profile

    

Mobile

qrcode

Search this blog



Others

Sponsored